産業カウンセラーの筆記試験まであと1か月を切ったので、しばらくは暴飲乱読を避けてテキストブックと問題集に集中しなきゃ!と思いながらも、内田樹さんの「街場のメディア論」(光文社新書)をパラパラと拾い読みしてました。
拡がる「中規模」メディアという項で、"Blog"について内田氏らしい面白いPerceptionが展開されていたので、ちょっと長いですが引用させてもらいます。
「総数600万と呼ばれるブログには、これまで身辺雑記エッセイが多く含まれていました。(うんうん、Junji's Bayもまったくこれだな:JJ注)ところが、ここにツイッターという新しいメディアが出てきました。これはいかにも日常の出来事を「随筆風」に点描するのにジャストフィットなツールですので、ブログ日記の書き手たちの相当数はすでにツイッターに流れています。いずれ、ブログにはそういう「やわらかいネタ」を控除した残りの、政治経済社会文化のもろもろの事象についての「演説」に類するものが残されるのではないかと僕は予測しています(はずれるかも知れませんけど。ネットの未来のことなんか、誰にもわかりませんから)。」
確かに、この本が出版された2010年8月前後で起きていたことは、そういうことなのですね。ブログからツイッターに移行またはFacebookを介して統合合体した友人も沢山います。僕にブログを教えてくれて、その後ツイッターを日本に紹介したパイオニアであり、今はFacebookのヘビーユーザで、その他全てのサイーバーワールドの達人である南一哉師は、このことをどう観ているだろう。
僕は個人的には、ツイッターの短文形式が書くほうも読むほうも向いてなくて、なんとなくブログで「やわらかいネタ」と若干の「演説」とまでは言わないまでも「ゆるい私見」をネット上の化石になるまで書いていくような気がします。
荘厳長大な叙事詩が好きな人、軽ろみのある俳句・川柳が好きな人、その中間点のどこかが好きな人。書いたからにはなるべく多くの人に読んで欲しい人、できれば読んで欲しくない人(ならば、ネットにアップしなきゃいいんですがね。不肖Junji's Bayはこれであります)、どちらでもない人。いろいろある中で、それぞれに好みの中間的メディアが選ばれていく時代に。それでも、人は何らかの形で自己表現をする。マズローが唱えた人間の5つの「欲求階層論」の4番目(承認・自尊)や5番目(自己実現)がサイバーワールド上でそれぞれに満たされていくのは、決して悪いことではありませんね。